Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021

連載東北からの便り

2020年リレー日記

2020

8

8月17日-23日
谷山恭子(アーティスト)

8月17日(月)

天気|晴れ

場所|自宅(ベルリン・ロイターシュトラーセ)

今朝の茹で卵はうまくいった。かなり幸せを感じた。最近毎朝、半熟茹で卵とヨーグルトにフルーツをピューレしたのをかけるのが朝ごはん。茹で卵がうまくできてると、ヨシ◎。
ドイツでbioの卵を買うと、殻に少しドロや羽毛がついていたりする。日本みたいにキレイじゃないので、みんなアニサキス菌を避けて生では食べない。野菜もドロがついていたり、虫もいたりする。ある時、しばらく冷蔵庫に置いていた野菜を切ったら虫に食べられていて、中がスカスカだったことがある。
6月に参加しないかと誘われた「すみだ向島EXPO」という体験型芸術祭で行われる、美術家・開発好明さんプレゼンツの「軒下プロジェクト」(2020年9月12日〜10月11日)の作品制作の準備をする。「軒下プロジェクト」とは、まちに暮らす人たちの自宅やお店の軒下にアート空間をつくり出し、アート作品を鑑賞しながら、同時にまちを散策できるプロジェクト。わたしも、この墨田向島エリアには「Lat/Long project」というインスタレーションをまちなか11箇所に設置させていただいてお世話になっているので、参加することにした。わたしたちの平和な日常を寿(ことほ)ぐ「Lat/Long project」は東日本大震災をきっかけに始めて、2011年から国内外5箇所で展開した。いまもその作品の一部が東向島にある。
その後夕食をとってから、公園での夜のピクニックへ。ベルリンのコロナ感染者数も増加傾向。

8月18日(火)

天気|雨

場所|スタジオ(ベルリン・ラングシュトラーセ)

朝、激しい雨。ずっと暑かったから雨が嬉しい。喜んだのも束の間、割とすぐに止んで昼には蒸し暑くなった。
ロックダウンの間、自分のウェブサイトやアートプロジェクトのオンライン化に専念していたらすっかり家に根っこが生えてしまい、引きこもり状態になってしまった。それに終止符を打つつもりで、ものすごく久しぶりにスタジオへ。
ベルリンには「BBKスタジオ」という、市がアーティスト支援として、安くスタジオを貸すシステムがある。倍率はとても高く、4回から10回ほど応募しないとチャンスは得られない。その小さなスタジオは、BBKのスタジオの応募が通らないため我慢できずに今年の2月に借りた。同月、展覧会準備のためにロサンゼルスにリサーチに行って、帰ってきたらコロナでロックダウン。もちろん4月にあるはずだったそのロサンゼルスでのグループ展は来年に延期、5月に予定していたベルリンでのパートナーとのプロジェクトの展示はキャンセル、10月のドイツ西部での展覧会も1年延期となった。
3月にはその小さなスタジオの向いの部屋も、パートナーとのプロジェクトのために借りるつもりだったが、ロックダウンとなり、支払いの当てもないのでもちろん借りるのはやめた。
スタジオは小さいながら、やっぱり行くと嬉しい。天井が高くて清潔な空間で気持ちいい。作品の収納棚をつくる前にロックダウンになったので、その棚の材料が床に並べられたままになっている。日曜日からベルリン郊外のアーティスト・イン・レジデンスに行くので、それまでにきちんと整備したい。
10月までにドイツ西部にあるイダー=オーバーシュタインのアートスペースに送りたい写真のネガスキャン作業や、2014年から続けている冊子型アートプロジェクト「街のはなし」の文章編集などをしていたらあっという間に一日が終わってしまった。いつものことだけど、なかなか進まないなあ。

8月19日(水)

天気|晴れ

場所|ベルリン水族館(ベルリン・ブダペスターシュトラーセ 32)

9月12日からの軒下プロジェクトの作品づくりのために、ベルリン水族館にいる亀に会いにいく。自宅を出て、旧東と西の旧国境検問所のチェックポイント・チャーリー、ベルリンの壁が保存されているテロのトポグラフィーを通り抜け、ポツダム広場、ホロコースト記念碑、ブランデンブルグ門、ティーアガルテンを真っ直ぐ戦勝記念塔へ、そしてベルリン水族館というコースを自転車で走る。道すがら自転車のハンドルに取り付けたカメラで撮影をしながら向かった。ベルリンの道は石畳が多く、暑さを避けるために公園の中の獣道的なところを通ったから、カメラのジンバルが追いついていない揺れの激しい映像になっていた。展示期間中には、その映像がQRコードから見られるようになる。

8月20日(木)

天気|晴れ

場所|自宅(ベルリン・ロイターシュトラーセ)

ドイツの役所に、日本での国民年金の支払い記録などを提出する期限が迫っている。でもなかなか日本から郵便が届かないので、オンラインで「書類は後で送ります」というコメントをつけて申請書を提出した。ドイツ語が読めないから、こういう細かいことが本当に億劫だ。ドイツ語から日本語に訳しても意味がわからないことも多いので、英語と日本語両方で確認しながら項目を埋める。
午後は、「街のはなし」の文章修正など。毎年5歳から80代までの11名に、街の一番好きな場所と、そこでのエピソードを聞く。この7年を通して、70年代に新興住宅地だった街が今や3世代が暮らす、子供たちにとっての故郷となってきていることを感じる。このプロジェクトは「Lat/Long project」をベースとして発展させたもので、一過性のインスタレーションではなく、街の資産として残るものがつくりたいと思い、冊子を年1回で発刊することにした。
試みとしては、語り手の名前のかわりに、その場所の緯度経度の座標を使って階層的な概念をなくし、すべての地点に宿る個人の想いが等しく尊く、この街の歴史をかたちづくっていることを表現しようとしている。
8月上旬に、インタビュイーさんの文章を仕上げて、いまはみなさんからの返答待ち。このプロジェクト、もっと広げていきたいなあ、と思案中。多言語でのインタビューも、いまやいろいろなアプリがあるから可能になってきている。
東日本大震災をはじめ世界中で起こっている自然災害など、これまでのカタストロフというのは局地的なものだったが、このコロナのパンデミックは全世界が共有する経験となってしまった。地球のすべての地域が繋がっていることをわかりやすい形で目の当たりにしている。

8月21日(金)

天気|晴れ

場所|スタジオ、クンストラーハウス・ベタニエン(ベルリン・ラングシュトラーセ/コトブッサー・シュトラーセ)

作品を保管するためにスタジオに大きな棚をつくった。昨日きちんと準備しておいたので、5時間ほどで組み立てと塗装まで終わった。
15時以降、そのほぼ南向きの部屋は灼熱地獄になる。こちらはエアコンがなく断熱のために窓が小さいから、風通しも悪く、熱中症になってしまうくらいに室温が上がる。その暑さを逃れるため、スタジオの並びにある中国大使館の1階に入っている「Ming Dynastie」にランチへ。ベルリンの中でも数少ない、美味しい中華料理が食べられるレストラン。なんとランチは6.8ユーロだった。アジアンインビス(ファーストフード)に行っても似たような金額になるから、絶対にこっちのほうがいい。豆腐の野菜炒め定食を食べていると、日本人のふたり組みがやってきた。めちゃくちゃ関西弁で、「餃子ビールいくで〜」と盛り上がっていた。餃子ビール、それは言わずもがな、日本国民の食生活の重要な位置を占めているものだと思う。めっちゃ関西弁で盛り上がっている(そしてドイツ語もペラペラ)。その会話を聞き流しながら、次に来た時に何を頼もうか考え、ふたりが頼んだピータン豆腐をチラ見した。
至福のランチを終えてスタジオに戻って、再び灼熱の中、1時間ほどで棚を設置して、作品の木箱を収め、今日の目標は達成。
自宅に戻って水のシャワーを浴びて、少し休んでから、わたしも以前滞在していた、アーティスト・イン・レジデンス「クンストラーハウス・ベタニエン」の展覧会オープニングに出かける。着いたのは21時頃。いつもなら22時頃までごった返しているが、すでにギャラリーは真っ暗。日にちを間違えたかと思ったけど、iPhoneを忘れたから確認ができない。いつもオープニングの後にみんなが集まる並びのバーに行ってみたら、友だちがいた。聞くところによると、新型コロナウイルス感染症の拡大予防のために、オープニングは14時から19時、厳しい入場制限でギャラリー内はガラガラなのに全然入れず、並んだはいいが展覧会を見る前に閉館時間になってしまった人もいたようだ。
コロナの影響がこれまでの日常に大きく制限をかけていることをリアルに感じた。これからどうなっていくんだろう。作品の見せ方や鑑賞方法、アート自体のあり方も変わっていく予感しかしない。

8月22日(土)

天気|晴れ

場所|自宅(ベルリン・ロイターシュトラーセ)

午前中は、「街のはなし」のインタビュイーさんたちから修正が届いた文章を直して、メールを返信したりして、またもやあっという間に時間が過ぎた。軒下プロジェクトの編集になかなか手がつけられない。もちろん編集に慣れてないというのもあるんだけれど。いろいろ雑務をこなして、気付いたら友だちのイベントの時間に。
Heike Gallmeierという同い年のアーティストが、2ヶ月間の作品制作の旅に出る。大きなバンを思いっきり改装していて、車体の後部がホワイトキューブのようなギャラリースペースに。助手席と後部座席あたりは完全に取り払われ、ソーラーパネルで発電した電気のステーションとベッド、小さなキッチンスペースになっていた。ドイツの国境を走って、出会う人との会話を元に作品をつくって、写真に収めていくというプロジェクト。2ヶ月後、彼女が帰ってきた時に会うのが楽しみだ。

8月23日(日)

天気|晴れ

場所|ヴェステン=ブッフホルツのアーティスト・イン・レジデンス(ベルリン・ブランデンブルグ)

ベルリン郊外にあるヴェステン=ブッフホルツのアーティスト・イン・レジデンス「Field Kitchen Academy」へ。レジデンススタッフがベルリンに来る用事があって、わたしを車でピックアップしてくれるという。
ノイケルンの待ち合わせ場所に行くと、その用事とは、今週の「Field Kitchen Academy」のメンターであるHans Peter Kuhn氏のサウンドインスタレーションのスピーカーやケーブルなどを、彼の倉庫からレジデンスに運ぶというものだった。荷物を車に詰めるのを手伝って出発。いろんな話をしながら到着。かなりお腹が空いてきたところだったので、丁度ランチ時間に到着したのはありがたかった。コロナのため、食事は外、屋内は様々なルールがあって、もちろんマスク着用。部屋のシェアメイトはフランス人のダンサーで、日々の習慣が似ていて、すぐ友だちになった。
Field Kitchen Academyはサウンドに関するレジデンス・プログラムなのだが、サウンドアーティストでなくても参加できる。ロックダウンで時間がある時にアプライして通ったので参加。今年のテーマは「Curious Loop」。このテーマで1週目をHans Peter Kuhn氏と、その次の週をChristina Kubish氏と過ごして作品をつくり、週末ごとに作品を発表する。最後の数日は、Bill Fontana氏、Hans Rosenström氏と数名のメンターとのオンラインセッションやアーティストトーク。わたしのインスタレーションに取り入れたい「音」について考える良い機会になるだろう。

バックナンバー

2020

6

  • 是恒さくら(美術家)
  • 萩原雄太(演出家)
  • 岩根 愛(写真家)
  • 中﨑 透(美術家)
  • 高橋瑞木(キュレーター)

2020

7

  • 大吹哲也(NPO法人いわて連携復興センター 常務理事/事務局長)
  • 村上 慧(アーティスト)
  • 村上しほり(都市史・建築史研究者)
  • きむらとしろうじんじん(美術家)

2020

8

  • 岡村幸宣(原爆の図丸木美術館 学芸員)
  • 山本唯人(社会学者/キュレイター)
  • 谷山恭子(アーティスト)
  • 鈴木 拓(boxes Inc. 代表)
  • 清水裕貴(写真家/小説家)

2020

9

  • 西村佳哲(リビングワールド 代表)
  • 遠藤一郎(カッパ師匠)
  • 榎本千賀子(写真家/フォトアーキビスト)
  • 山内宏泰(リアス・アーク美術館 副館長/学芸員)

2020

10

  • 木村敦子(クリエイティブディレクター/アートディレクター/編集者)
  • 矢部佳宏(西会津国際芸術村 ディレクター)
  • 木田修作(テレビユー福島 報道部 記者)
  • 北澤 潤(美術家)

2020

11

  • 清水チナツ(インディペンデント・キュレーター/PUMPQUAKES)
  • 三澤真也(ソコカシコ 店主)
  • 相澤久美(建築家/編集者/プロデューサー)
  • 竹久 侑(水戸芸術館 現代美術センター 主任学芸員)
  • 中村 茜(precog 代表取締役)

2020

12

  • 安川雄基(合同会社アトリエカフエ 代表社員)
  • 西大立目祥子(ライター)
  • 手塚夏子(ダンサー/振付家)
  • 森 司(アーツカウンシル東京 事業推進室 事業調整課長)

2021

1

  • モリテツヤ(汽水空港 店主)
  • 照屋勇賢(アーティスト)
  • 柳谷理紗(仙台市役所 防災環境都市・震災復興室)
  • 岩名泰岳(画家/<蜜ノ木>)

2021

2

  • 谷津智里(編集者/ライター)
  • 大小島真木(画家/アーティスト)
  • 田代光恵(セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 国内事業部 プログラムマネージャー)
  • 宮前良平(災害心理学者)

2021

3

  • 坂本顕子(熊本市現代美術館 学芸員)
  • 佐藤李青(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

特集10年目の
わたしたち