Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2020

特集10年目のわたしたち

こどもだったわたしは

黒い空に浮かぶ

瀬尾夏美《黒い空に浮かぶ》2020年

ドンという地鳴りとともに教室がゆれた
先生の指示で児童たちは机の下に入り、その脚にすがった
ものが倒れる高い音が重なる
みな口々にことばにならないようなことばを叫び、前の席の女子は泣いている
ともかくめちゃくちゃにゆれている
もう何十分もゆれているように思えて、もはや収まる気がしない
あまりに長いので泣いていた女子はすでに泣き止んでしまった
叫び声も聞こえなくなって教室には地鳴りだけが響いた
不意に笑い出した斜め前の男子と目が合ったので、ぼくもすこし笑った

いつしかゆれは収まったけれど足元に実感はない
近所の人たちが避難してくるので隣の教室に集まれと先生が指示をする
となりを歩く友だちがびしょ濡れなのでどうしたのと聞いたら、
ロッカーの上に置いてあった水槽から水がふってきたのだと泣きそうになる
水槽の魚たちはどうしたのだろう、とぼくは思う

ぞろぞろと近所の人たちが学校に入ってくる
そのなかにばあちゃんと兄さんがいた、じいちゃんはいなかった
両親とふたりの兄は内陸で働いているのでここには来ないだろうとぼくは思った
先生たちは集まった人たちの居場所を確保したり非常食を配ったりと忙しそうだった
ぼくはひとり教室の窓から外を見ていた
海の方で電信柱ほどの高さの黒い壁がふくれあがるのを見た
ものが壊れる鈍い音があちこちで鳴り、壁はこちらに迫ってくる
うす茶色の靄(もや)、あれが土煙だとぼくはわかっていたのだろうか
瞬く間にそれはあたり一面見渡す限りを覆った

つなみ
下の階からいくつもの叫び声と人が押し寄せてくる
ぼくも屋上に上がらねばと思ったけれど狭い階段にはすでに大勢の人が詰まっている
どれだけ時間がかかったかはわからないが、
やっと屋上に出て白い空を見上げた瞬間、水のまじった重い雪がぼくの頬に落ちて溶けた
強い力で押し出された海水が雲をつくり雪を降らせたのではないか
ならば、ぼくもみんなもあのとき同じ海の中にいたのだ

屋上のフェンスを伝いながら黒い水に浸かったまちを見ていた
ときどき友だちに行きあうと、
ぼくの家はもうないよ、
ぼくの家もだ
と、ことばを交わした

夜は教室で過ごした
真っ暗闇に大人たちが点けた携帯電話のライトがぽつぽつ光り、
うすぼんやりとあたりが見えるような感じだった
女子は家族と過ごす人が多かったが、
男子は男子で集まってこの時間を惜しむように遊んだ
配られた毛布一枚では寒くてよく眠れず、
友だちと目が合えばぽつぽつおしゃべりをした

明け方、ぼくらを乗せるためのヘリコプターが到着したという先生の声で身体を起こし、
屋上に上がって列の後ろについた
黒い空に浮かぶヘリコプターがこちらを照らしていて、
ぼくの足元から空まで、まっすぐな光の線がつながっていた
先に並んだ友だちが引き上げられていくのをうらやましく思った
ひとり、ひとり
列全体がそろそろと進んでいく
夢のようなおぼつかない時間が終わるのをぼくは待ちわびていた
やっと番が来て、ぼくの身体はあっけなく浮かぶ
星は見えたか
朝焼けに照らされて姿を現しつつあったはずの壊れた風景を、ぼくは見たのか

あのときこどもだったぼくは、
あのゆれから明け方までの長い時間を毎晩のように思い浮かべながら大人になった
でも近ごろはそういうことがなくなってきた
あの光景はぴったりと身体に刻み込まれて、もはや思い出すという必要がない
一度刻まれたらもうそれは形を変えることがない
だからぼくは語らない

思い出そうとして思い出すのは、かつてのまちなみ、潮のにおい、松林の感じ
そしていくつかの人の顔
ぼくはまだしばらくこのまちにいる

朗読

朗読:瀧腰教寛

執筆後記

東日本大震災当時小学校5年生だったその男の子が通っていたのは、1学年15人ほどの海辺のちいさな学校で、児童のほとんどが自宅を流され、なかには家族を喪った人もいたそうです。そのため、震災に関わることの多くをたがいに共有していて、わざわざ語ることもなかったと言います。彼の話で印象的だったのは、当時から7年間ほど、毎晩繰り返しその日のことを思い出しつづけてきたということ。だからもう忘れるという感じがしないし、自分からは語る気にもならないと言います。
身体に定着した記憶は形を変えることがないのだとすれば、何十年という時が経っても、それは同じ形で彼の中に存在しつづけるのでしょう。そう思うと、たとえば戦争体験者に75年前の記憶を聞くということの有効性も実感されますし、また、彼がおじいさんになってふと語りたくなったとき、この記憶が彼のそばにいる人たちにそっと手渡されるシーンを想像することもできます。
この記憶を抱えつづけることは、彼ひとりにとっては重たいことかもしれません。けれどそれは、わたしたちやこの先を生きる人たちにとっての小さな希望の火でもあるのだと思います(瀬尾夏美)。

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