Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2020

特集10年目のわたしたち

10年目の手記

思い出すざわざわ

水月浮太郎

部屋の木枠だけの棚は、その上に毎日履くズボンにしわができないように重ねる場所になっているのだけれど、その棚には何となく捨てられないままずっとおいてある古新聞が何日分かあって、それが2011年の3月のなぜか終わりの数日間だったりする。それに気づいたのももう数年前で、その時、「あぁそういえば、一面に…」被災者数を毎日載せている欄があったのを思い出したのだった。

今、コロナ禍で日々の感染者数がテレビで報じられて、「東京へ行くのは危ない」とか「今年の夏は東北に行けないかも…」とか、ぼんやりと思いながらも心がどこかざわざわしている。数字という抽象化への何とも言えないざわざわした気持ち…。

茨城県水戸市に住まいがあり、当時は隣の笠間市の小学校に勤めていて、3月末から翌年度の一学期始業まで目の前の仕事をこなすのが精一杯の毎日でも被災地のことは頭から離れなかったし、福島の状況がとても心配だった。4月末になり復興ボランティアのニュースが流れ始め「自分も行くべきでは…」と何度も考えた。中々気持ちの踏ん切りがつかないまま、6月になってしまい、まずは震災前から時折海を見に行っていた北茨城の磯原二ツ島の様子を見に行ってみよう…と車で出掛けた。常磐高速を降りてちょっと行っただけで、「あぁまだ来てはいけなかった…」と思った。道沿いの一軒の古い平屋がつぶれていたままだったのだ。大北川に沿って常磐線と国道六号線が北上する車道は片側一車線になっており、浚渫船がぴったり川岸にくっついて川と道の仕切りの錆びた鉄板を支えているようだった。臨時信号が変わり、ゆるゆると流れはじめた道はすぐに二ツ島のそばに近づいた。フロントガラス越しに見たそれは、ただの薄カーキー色の大きな岩で「上のほうに生えていた松なら少しは残っているかな…」などと思っていた自分の甘さが相当ショックで、すごすごとUターンして水戸に帰った。

結局、それ以来、一度も災害ボランティアには参加しないまま、9年経ってしまった。物見高い野次馬根性からの行動ではなかったと、何度も自問する2011年の6月のこと。そして、その後、夏の終わりと年末に可能な限り東北の沿岸部に足を運んだけれど、なぜボランティアでも何でもなくただ行くのか…というのが正直、自分でもよく分からない。

2013年末に初めて岩手県山田町の船越半島に行った時、何気なく撮った写真のその場所が介護老人施設跡地のすぐそばで、そこでは88名もの方々がお亡くなりになられていた…と水戸に戻ってから知った。そんなに大きな施設ではなかったはず…と写真を見返した。海が見える介護施設に入所するまで、そして入所してからの日々を過ごした方々がいたということ。一人一人の人生を想像するのは難しいけれど、想い続けよう…と思う。

自己紹介や手記の背景

昨夜(7月25日)、モノノーク聴きました。
本文に書いた通り、小学校の教師をしています。茨城県という微妙な位置(震災当時「被災地」の括りにあった)に住んでいて、微妙なまま9年経ち、でも今は、周りの人とは震災の話はほとんどしないので、応募しました。
震災以来、年2~3回程度東北へ行くようになって、今年の夏も行くつもりなのですが、現在思案中です。一年半前に始めた「四国遍路」と東北の沿岸部を簡単に比較はできないのですが、弔いの…何と言うのか「方法」とまでは行かない「心構え」…が自然にできる「遍路」のように、東北の海辺に立てるようになったらな…と思っています。でも、まだまだ模索中です。

思い出すざわざわ

水月浮太郎

自己紹介や手記の背景

昨夜(7月25日)、モノノーク聴きました。
本文に書いた通り、小学校の教師をしています。茨城県という微妙な位置(震災当時「被災地」の括りにあった)に住んでいて、微妙なまま9年経ち、でも今は、周りの人とは震災の話はほとんどしないので、応募しました。
震災以来、年2~3回程度東北へ行くようになって、今年の夏も行くつもりなのですが、現在思案中です。一年半前に始めた「四国遍路」と東北の沿岸部を簡単に比較はできないのですが、弔いの…何と言うのか「方法」とまでは行かない「心構え」…が自然にできる「遍路」のように、東北の海辺に立てるようになったらな…と思っています。でも、まだまだ模索中です。

朗読

朗読:黒澤多生(青年団)

選考委員のコメント

捨てられないまま置かれた新聞の日付は、「2011年3月の、なぜか終わりの数日間だったりする」という冒頭の言葉が、書いた人の姿を象徴しているようだ。いつも捨てきれず、ひっかかっている。けれど、そのひっかかりの中心に突入することもできないまま、時間が流れていくさまが静かに書かれている。「わたしもそうなのよ」と、思いを同じくする人たちが案外多いかもしれないと思う。
これからの、筆者の時間がどのように流れていくのか、わたしはそれをまた読みたいと切に願う(小野和子)。

連載東北から
の便り