Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2020

連載東北からの便り

2020年リレー日記

2020

6

6月22日-28日
中﨑 透(美術家)

6月22日(月)

天気|雨

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市

今日から一週間ほど日記を書く依頼が来たので書き始めてみる。初日なので少し前提というか、このところの生活の状況のようなものを前書き的につけておく。
僕は茨城県水戸市を拠点にして、現代美術の分野で活動している作家である。現在は実家で70代の両親と一緒に三人で住んでいる。水戸の市街地にある『キワマリ荘』というシェアスペースの一角を借りていて、『遊戯室』という名前でオルタナティブスペースの運営をしている。と、言いながらここ数年はなかなか展覧会をする機会もなく、すっかり荷物置き場兼事務所のようなかんじになっている(日記の中で、キワマリ荘、遊戯室と出てきたらここのことである)。
それと、長年の作品やら荷物が溜まり過ぎてどうにもならなくなってきていたので、一年半くらい前に競売物件というやつで近所に廃墟気味な農家物件を買った。その物件もこれまたどうにも手がつけられず一年近く草むしりしかできていなかったのを、昨年末くらいから作品置き場と作業場を作るためのリノベーションをようやくコツコツと始めていて、今もそんな渦中である。この物件はひたちなか市枝川という場所にあり、ここはちょうど市の境目辺りにあってほぼ水戸市のようなところで、キワマリ荘からも車で5分くらいのところにある。そうそう、その場所にはまだ特に名前は付けていない(ここのことは日記の中で、枝川の物件、作業場と書くことにしよう)。
ここ二ヶ月くらいキワマリ荘で自炊をしていて、簡単なものだけど珍しくちゃんと毎日料理をしている。それと、枝川の物件にはぼちぼち敷地があり、油断すると雑草がジャングル化するのでちょくちょく草むしりや除草剤を撒いたりすることが習慣になっている。そんな日常が合わさるとこれまで全然興味がなかった家庭菜園なるものがやりたくなってきて、数日前にホームセンターで野菜の苗を衝動的にいくつか買ってきた。今日は小雨の中、少し掘り起こした小さな畑予定地の土を弄りつつ、苗を地面に植えようかと思っていたけど、風が強めだったから断念することにした。

6月23日(火)

天気|曇り時々雨

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市

昼前に起きる。昨日は帰り際、苗を室内に置いていたので一度枝川の物件に寄って外に出して水をやる。
キワマリ荘に行き食事。この三ヶ月、自然と一日二食の生活になってきた。40代ののんびりな日常生活には案外これくらいが身体にちょうどいいのかもしれない。普段は移動が多く、外食やコンビニ飯が大半で、出張先では居酒屋での夕食も多い。水戸にいるときは車生活なこともあってもともと飲む機会はそんなに多くなくて、今回はたまにオンラインでの飲み会に参加したりもするけど、たぶん劇的に酒量も減っている。15年くらいゆっくりペースで増え続けてきた体重が、ここにきて特に無理をすることもなく減ってきている。中年の体重が著しく減るときは重大な身体の不具合のサインといったことをよく耳にするけど、自分に関しては健康的な減量であることを信じたい。
だいぶ脱線してしまった。食事後、ホームセンターで少し買い出しをして枝川へ。地面に苗を植える。なんだかドキドキする。いろいろ日常に戻って出張過多な生活になったら、この子たちの世話はどうするんだろう、と頭をよぎるが今は考えないでおこう。ナス、トマト、きゅうり、ししとう、バジルの苗を植えた、ベタな顔ぶれである。あと大葉、オクラの種をパラパラと撒いてみた。物置にあった棒で一応支柱を立ててみたりして、いいインスタレーションだなあなんて眺めてみたり。肥料なんかも全然入れてないし、そんなに手をかけるつもりもないし、運よく育ってあわよくばいくつか収穫できたらラッキーみたいな気分で始めてみたけど、すでに速攻枯れたらめちゃくちゃ凹むのが想像できるほどには愛着が出てきている。どうなるんだろうか。
ちょっと前から椅子のリペアをしていて、その作業の続きを夜まで。途中近所で外食。去年、水戸芸術館での椅子をリペアするワークショップに参加したのがなかなか面白くて、機会を探っていたら最近手頃な椅子のフレームをいくつかもらったので、試行錯誤しながら座面を制作している。もう少しで完成する、楽しみ。

6月24日(水)

天気|曇り

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市

そうそう、今回のコロナの影響というか、個人的な大まかな流れのようなことに少し触れておく。2月の中旬、札幌でのイベントが中止になる、翌週愛知県豊田市でのイベントも中止。その辺りから具体的な影響が仕事でも出始める。3月に入ってすぐ千葉県市原市での芸術祭への参加のため滞在制作スタート。市原、その時点で延期は確定していたが、日程は未定であり、作家はもともとのスケジュールで作品を完成させ納品、ということになっていた。そんな事情で締め切りが緩めだったので少し滞在を延長しつつ3月25日に水戸に帰ってくる。ちょうどその翌日くらいに一年後に会期を延期することになったと連絡が来た。それからは茨城から出ていない。地方だけに車生活なのもあり、家とキワマリ荘と枝川の物件をほぼ毎日行き来しつつ、コンビニ、ホームセンター、スーパーなんかにはちょこちょこ行ったりする生活をしている。
幸いにも4、5月はそもそも倉庫と作業場の改修を主に取り組む予定でいてそんなに仕事を入れていないタイミングでもあったので、春先は案外そこまで激しくは予定が狂わずに過ごした。オンラインでのミーティングなんかはちょこちょこ入りつつ、秋くらいまでの企画はいくつか来年度への延期が決まっていった。プロジェクト型作品の新作、移動や人との交流が前提の企画はまだしばらくはなかなか厳しいだろうな。そんなかんじで半引きこもりな三ヶ月である。
ということで日記に戻る。食材などの買い出しをしてからキワマリ荘へ。食事をしてからわりとすぐに作業場に移動、畑に水をやる。草刈りをしばらくする、最近はむしるよりも柄の長いハサミで背の高めの草をバサバサ切っていくのがブーム。椅子の制作の続きをしようと思ったら、道具が一部キワマリ荘に置いていたのでそっちでやることにする。仕上げ、三つの椅子が二時間くらいで完成。なかなか良い出来、愛用しよう。先週から手を出し始めた器の金継ぎの続きも少し進める。ちょうど一週間ほど漆を乾燥させていて、削り作業を深夜までやっつける。

6月25日(木)

天気|雨

場所|茨城県水戸市

14時くらいに起きる。雨なので畑の水やりはしなくていいかなってことで、一日キワマリ荘で作業。随分と遅い時間の起床だけど、これも案外普段通りの生活の範囲で、いわゆる夜型生活というやつである。僕は昔から朝が弱い、遅刻や起きられなかったエピソードは山のようにあるがここでは割愛する。この三ヶ月はあまり目覚ましをかけずに、特に意識しないでいるとこんな生活リズムに落ち着くんだなってかんじで過ごしてる。だいたい昼くらいに起きるけど、たまに14、15時くらいの日もある。キワマリ荘に夜の0時とか2時くらいまでいて、家に帰って風呂に入ったり海外ドラマとか見たりしてだらだらして明るくなってきて5、6時くらいに寝る、みたいな習慣になってる。3月末までの制作現場では普通に朝8時くらいに毎日起きてたけど、3日も経たずにこんな生活に突入した。
今日は、金継ぎのクライマックス的な作業「金粉を塗る」に挑戦。かなり手こずる、けど工程的には結構好きな作業、これはハマるかもしれないなあ。短い乾き待ちの時間がちょこちょこ入ったので、その間はミシンで破れた服の繕い作業。これもこのところよくやっている。この10年近く、『プロジェクトFUKUSHIMA!』での大風呂敷作りのために膨大な量のミシンに触ってきたけど、制作に必要になり自分のミシンを購入したのはごく最近、今年に入ってからだったりして、せっかくだからと弄り始めた繕い作業に案外ハマっている。
夜は、札幌で大風呂敷を一緒に作っていた人たちとオンラインで飲み会。毎週定期的に飲んでいて参加できるときに顔を出している。オンラインの飲み会って実はこれまでほぼやったことがなく、10年以上前から遠隔地に住むメンバーでユニットを組んでいるのでスカイプなどのやりとりは比較的以前から多かった方かもしれないけど、わざわざ飲み会をする発想がなかったことが意外だったりした。離れた場所にいる人と、気軽に構えずくだらない話ができるのはいい。

6月26日(金)

天気|曇り

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市

家を出ようとしたら父親が草むしりをしていたので、庭の雑草のこと、裏手の家庭菜園の野菜のことをポツポツと聞いたりしてみた。父親は元教師で植物のことが専門だったので名前やらめちゃくちゃ詳しいんだけど、今さら聞いたりするのもなんかめんどくさくて、そんな話題を避けていた。庭の草むしりや畑のことも一度手伝い始めると永遠に続いていく呪いのようなものだと思っていて、絶対に触れないように10年以上過ごしてきたけど、最近は少し足を突っ込んでもいいかなと思い始めている。金継ぎの本とかによく出てくる「とくさ」という、紙ヤスリのように磨きに使う植物があって、なんとなくどこか遠いところに生えてるようなイメージを持ってたんだけど、玄関からのすぐのところにニョキニョキ生えてる棒みたいなやつがその「とくさ」だったらしい。身の回りの世界のことを自分はこんなにも知らないもんなんだなあって思ったりした。
キワマリ荘で食事をしてから、昨日の金継ぎの器の様子を眺める。ついつい少し弄ってしまう。昨晩は苦労しつつも7割方上手くいったかなって思ってたけど、改めて見ているともう2割引くらいの出来かも、なかなか難しい。
夕方から水戸芸術館に打ち合わせに行く。今年はだいぶ水戸にいそうだから「何かワークショップでもできたらいいね」って流れでとりあえず相談。今年度初のリアルな打ち合わせ。
例年、たしかにあまり地元にいることが少ない、滞在制作なんかが多かったりしていて、だいたい移動している。こんなに落ち着いて地元にいるのは受験生の頃以来で、なんだか生活することについていろいろ改めて見直している。移動が前提の生活で、家はたまに戻ってくる止まり木のような感覚でいて、いろいろおざなりにして過ごしてたな、とか。とはいえ、仕事もしないとどうにもならず、県外への出張をどのタイミングから始めたらいいかを探り探りのこの1、2週間だったけど、思い切って、「今度の日曜日に下見に行きます!」って東京の仕事相手にメールをしてみた。

6月27日(土)

天気|曇り

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市

キワマリ荘で食事してから枝川へ。畑に水をやる。きゅうりの葉が随分傷んでいる、根が土に馴染んでないのか、何か病気なのか。少々不安である。作業をしようと思ってたけど、なんか気が乗らず作業場を片付けたり。水戸でARTS ISOZAKIというギャラリーをやってる磯崎寛也さんが、仙台から作家が来てるからと、一緒に覗きに来る。よく知った作家仲間だった。時間がなくて駆け足で場所を見つつ世間話。磯崎さんのギャラリーで7月に個展の予定が延期になったままだったが、9月頭くらいからになりそう。昨今のスケジュールの空き具合から行くと十分な準備期間かもしれない。
夜はオンラインの講座を受講。実は、作家/批評家の石川卓磨くんの主宰する『蜘蛛と箒』での批評をテーマにした有料講座を二週間に一度くらいのペースで受講している。石川くんは古い友人で後輩でもあり、申し込みをしたら「なんで今更(笑)! 」みたいなコメントが来た、そりゃそうだろう。普通に『蜘蛛と箒』の活動に興味はあったけど東京に通うわけにもいかず、今期はオンラインな上に僕自身もずっと茨城にいるので都合がよかった。それと、ここ10年くらいインプットを後回しにというか、言葉を紡ぐ時なんかは現場経験とアバウトな歴史認識の組み合わせでなんとか帳尻を合わせてきたところがあるので、いい機会だなと。思考することの整理や方法、幅広い事例といったかんじのレクチャーは今の自分にとっては頭の体操のようなものとしていい刺激になっている。
夕食の時にビールを一本飲んだので仮眠をとっていたら、前からボヤッと考えてた作品のアイデアが少し具体的なイメージとして降りてきてメモをとる。影響関係のありそうな数人の作家の作品、解釈されそうな方向性、それといくつか展開の方法、見取り図のようなイメージ、あんまりこういうかんじのアイデアの絞られ方ってこれまでなかったので、頭の体操が効いているのかもしれない。3時を過ぎてしまった、そろそろ帰ろう。

6月28日(日)

天気|雨のち晴れ

場所|茨城県水戸市・ひたちなか市、東京都豊島区

深夜から激しい雨、午後には落ち着きだんだん気持ち良い天気になる。キワマリ荘で食事をして、少し作業してから枝川で畑の様子を見る。
車で東京に向かう。三ヶ月ぶりの県外にそわそわである。豊島区上池袋にある『くすのき荘』と『山田荘』が目的地。『かみいけ木賃文化ネットワーク』と題して山本山田(山本くんと山田さんの夫婦ユニット)が中心に運営しているスペースであり、この二つのスペースのための看板制作を依頼してくれたので、その下見である。山田荘の立ち上げの時に一緒に関わらせてもらった縁で、それ以降も機会があると声がけしてくれている、ありがたい。山田荘の一部屋を事務所として借りている編集者の影山裕樹くんも交えて、互いの近況なんかをちらほらと話す。泊まって一杯やりたい誘惑から目をそらしつつ、まだまだ引きこもり生活からのリハビリ中なので水戸へ帰る。
日記の一週間もこれで終わりなので、このコロナ状況と自身の作品制作のことなんかについて。実際のところ2011年の震災の時のことを頭のどこかに浮かべ、照らし合わせながら生活をしている気がしている。もちろん土地や人それぞれの状況なんだけど。そんな中で制作のことというと、実は特段あまり考えてなかった。たまたま直近で制作発表する状況になかった、というのもあるけど先も読めなさすぎて、何かしら変化してくのも分かるから、夏くらいになってからまともに考えるのがちょうどいいかな、くらいな気分でいる。や、もう夏か。。
ただ、地元に三ヶ月いて生活をする、ということ自体が気づけば個人的な大イベントになってて、いろんなことを思考するきっかけにはなっている。そういう意味での影響は地味に今後大きそうだなあって思ってる。今一番の悩みは、まだしばらく時間がありそうなのであちこちに行って気心知れた友人なんかとのんびり話したいなあって気分と、野菜を植えてしまったからあまりここを離れたくないなあって気分の板挟みになっていることだったりしている。