Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2020

連載東北からの便り

2020年リレー日記

2020

9

9月7日-13日
西村佳哲(リビングワールド 代表)

9月7日(月)

天気|台風、のち晴れ

場所|自宅(徳島県神山町)

台風は北に抜けた。進路は九州の少し西側で、ここからはだいぶ距離があったけど、にもかかわらず強い風で昨晩は眠れなかった。山の嵐は怖い。とくに音がすごくて、雷が空でなく山を震わせて地響きのように轟く。世界の終わりが来たような気持ちになる。けどちゃんと朝が来るので、気持ちを切り替えて起きる。

最近あまりよく眠れないのはなに? 昨晩は台風のせいだけど、あんなに好きだった睡眠への想いが醒めている。「どうせよく寝れないしなー」って。以前は日中にどんなことがあっても「寝れば大丈夫!」という感じで、全幅の信頼を寄せていたのに。軽い無呼吸症を患っているんだろう。おそらく鼻中隔の手術が必要で、入院を要すると聞き、仕事の都合を考えて先延ばしにしているうちにコロナ禍が深まった。

「10年つづけよう」と話して2014年に始めた、陸前高田の滞在プログラム「箱根山学校」の第7回が来週末開催される。今日が締め切り日で、43名のお申込みが届いた。

9月8日(火)

天気|晴れ

場所|自宅(徳島県神山町)

午後からまた夏日。大雨で冷えた地面が、台風一過の陽射しで暖まったのかな。神山町は一流域のまちで、その真ん中を鮎喰川という清流が流れている。川底の石が緑色で、光が挿すと流れ全体が青くきらめいて美しい。こんな色の川は見たことがない。

この場所には6年前に越してきた。町役場では地方創生の立案が始まろうとしていて、ある人から声がかかり、施策づくりの中心メンバーになった。その過程で出会うほぼ全員について「この人を知っている」と思う不思議な体験があった。

その年、本来は本を書く予定があったけど、そっちに投入されるはずだった自分のエネルギーはすべて町の戦略資料に注ぎ込まれた。書かれた施策の実現に向けて設立された地域公社に加わり、集まった仲間とこの4年半、複数のプロジェクトに取り組んで来て、5年目のいまは世代交代を迎えている。
6年前に一度棚上げにしたこと。「これからなにをして生きる?」という問いに向かわないといけないのだけど、考えたところで、考えた程度のことにしかならない。

9月9日(水)

天気|晴れ

場所|自宅(徳島県神山町)

歩いて「かま屋」という食堂に向かう。所要15分。同じ公社で働くTさんと、ある集落に転入して長いUさんの3人で、ミーティングを兼ねたランチ。野菜が美味しい。3人ともデザートまでしっかりいただき、語らいもよく進んだ。

相手を変えようという意図のないコミュニケーションは楽しい。語らいの中で、逆に自分自身の変化に気付くこともある。一方、相手を変える意図のあるコミュニケーションは苦しい。残るのは変化でなく、擦り減る感覚だ。摩擦係数が高いのだろう。

停滞した状況では、なんらかの変化を起こす必要がある。事態に少し動きを与えてみること。移り住んだ町にそんな変化を生み出す仕事に5年取り組んで、驚くほど疲れている自分がいる。働いて疲れることなんてなかったのに。

〝遊び〟はいいよな。相手を変えようとか、そういうのが一切ない。全力でかかわり合う時間の中で、遊びもどんどん変化するし、めいめいも変わってゆく。そんなふうに働けるといいと心から思う。今日のランチミーティングは楽しかった。短い時間ながら、思わぬところに辿り着いたね! という着地感があった。

9月10日(木)

天気|晴れ、時々小雨

場所|自宅(徳島県神山町)

東京の母から電話。「私もうすぐ死ぬんじゃないか」「変な夢も見て」と、でも嬉しそう。「仔象と旅する夢なんて見ちゃうし」「列車の向かいの席に座っていて、『お腹すいた?』と聞くと『うん』ってうなづくから、ご飯食べさせてあげた」。場面はそれだけだったそう。「そりゃよかったね(笑)」と返す。

電話の少し前は、川沿いの小さな商店でお刺身を買っていた。山あいで鮮魚が食べられるのは、毎朝誰かが市内の市場から仕入れてくれているから。カンパチとマグロ。

刺身を買う少し前は、焼き菓子とサンドイッチをつくる女の子の店に寄って、パイを買っていた。彼女は同じまちにあるパン工房から、コロナ禍をきっかけに離れて、本人の仕事場を構えた形。
お店に入ると彼女のプレイリストの曲がかかっている。こういうの聴きながら働きたかったんだな。

会社や組織を離れて自分で働き始めたひとの姿を見ながら、「こういう生き物だったんだ(笑)」と思うことがある。ノビノビ生きて欲しい。応援したい気持ちがあるし、買い支えてもいるようで、でも実際に支えられているのはこっちの方だ。

9月11日(金)

天気|曇り、時々雨

場所|自宅(徳島県神山町)

先ほどまで40名のオンライン・ミーティングの進行をしていた。一般公開イベントではなく、このまちに「これからどんな〝場所〟が要る?」という非公開のミーティングで、長く暮らしてきた人、近年移り住んで来た人。住民、役場職員。まちにいる人、いまは東京や大阪で働いていたり大学に通っている人々が集まり、あーでもないこーでもないとたくさん語り合った。

こんな状況が実現しているまちってそんなにないんじゃないかなと、少し嬉しい気持ちになる。めげることの多い5年間だったけど、こんなことが起こるなんて……と幸せを感じることも沢山あった。

この流れは東日本大震災から始まっている。震災の年の年末、自分は陸前高田の若い経営者らと出会い、地域の状況づくりにかかわった。そのときに考えたことが、神山の取り組みの下書きになっている。地域にとって「仕事」とはなに? 高齢化や人口減が進む中でより深まる人間関係の序列化をどう考えればいいのか?

9月12日(土)

天気|曇り、時々雨

場所|自宅(徳島県神山町)

高知との県境にある「雲早山(くもそうやま)」に登る。今日から発足した「神山ハイキングクラブ」という集い。福岡から来た豊嶋秀樹という友人から〝ウルトラライト・ハイキング(UL)〟という山歩きのスタイルを実地で教わりながら、10名少々で広葉樹の森を歩いた。

ULは、ハイカットのガッチリした登山靴を履き、万が一の事態に備えてそれなりの装備を背中に担いでゆく旧来の山登りと異なり、足元はローカットのスニーカー、荷物を極端に減らして軽くすることで、逆に事故リスクを減らし、もし天候が崩れても素早くサッと降りてこれるような、とにかく身軽な山歩きのスタイルだ。

豊嶋さんも以前は、重い装備を担いで北アルプスを縦走していたが、あるときULに出会い、一気にそっちへシフトした。身軽な方へ。並行して働き方も、複数のプロジェクトに同時進行で取り組んできたそれから、絞り込んだいくつかの仕事にマイペースで取り組む形へ。

そして生まれた時間の多くを、バックカントリースキー、ランニング、トレーニング、クライミング、サーフィン、さらに手料理の探究に割く生き方にシフトして、見るからに健やかになった。つまり、生きてゆく上での不安を大きく減らしたわけだ。健康に勝る財産はない。

9月13日(日)

天気|雷雨、のち曇り時々晴れ

場所|自宅(徳島県神山町)

山歩きにくたびれて20時には布団に入ったが、真夜中に目がさめた。強い雨が屋根を打っている。窓の外が真っ白になり、周囲の山全体を震わす地鳴りのような雷が何時間もつづいた。同時にどこかで火災が起きたようで、サイレンや防災放送も鳴り響いている。

昼はまちの食堂へ。高松から来た友人や、町内で歯科医院を開業している友人、妻の4人で、またデザートまで美味しくいただいた。女性3人を残して一人で家まで歩いて帰る。イヤホンを忘れたので、若林恵さんたちのポッドキャストをスマホのスピーカーでラジオのように聴きながら。人の密度が低い世界はすごしやすい。

夜は陸前高田のメンバーや、軽井沢の友廣裕一さんとつないで、来週末の「箱根山学校」の打ち合わせ。ご多分にもれずオンライン・イベント。精一杯やるけど。
これまで毎年開いていた5泊6日のワークショップのような時間は、もうこのまま持てないのかな。この数日、過去に参加した人たちから、近況報告とお礼のお便りが偶然つづいた。なんの符号だろう?