Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021

連載東北からの便り

2020年リレー日記

2021

1

1月25日-31日
岩名泰岳(画家/<蜜ノ木>)

1月25日(月)

天気|晴れ

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ)

2日ぶりに晴れた空を見る。妻と少し遅めの朝食をとって一階のアトリエへ。2月末から東京のギャラリーで開催する個展に出品する絵を何点か壁に並べて、昨年からノートに書き溜めてきた言葉を読み返しながら、油絵具をキャンバスに塗っていった。《いえのあと》《けものたちのくに》《きせき》など、題名もいくつか決まった。名前が思い浮かばない絵も何枚かあったので、それはまた今度にまわす。
夕食後は再びアトリエで制作。1時間ほど絵を描いてソファーに腰をおろすと、昨日登壇した福島県でのオンライントークの光景がふと浮かぶ。本当なら今日は(妻の実家のある)会津若松市にいるはずだった。1月24日に福島県立博物館で開催されたライフミュージアムネットワーク2020フォーラム「地の記憶を苗床に 空知・舞鶴・島ヶ原に学ぶ『ミュージアム的』なこと」で講師のひとりを務めたのだが、開催の10日前に新型コロナウィルス感染拡大の影響で、講師は全員オンラインでの登壇に変更となった。昨日はたしかに福島の人たちと画面越しにあたたかい言葉を交わしたのだけれど、Zoomの「退出」と共にプツリと切れた世界が、グラスの底に沈殿した砂粒のようにざらざらと一晩経っても残っていた。
会えたようで会えなかった人たち、話せたようで話せなかったこと、聞いたようで聞けなかった言葉を遠く離れた島ヶ原のアトリエでノートに書き留めた。このつづきがどこかでまたあればと思う。厳しい状況の中でオンラインでの開催を実現してくれた主催者のみなさんに改めて感謝。コロナが落ち着いたら、また福島県を訪れたい。

追記:2月末から開催を予定していた東京の個展は緊急事態宣言延長の可能性を考え、3月初めからに変更となった(1月29日)。

1月26日(火)

天気|晴れ

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ、実家)

妻と朝食を済ませてから、サワガニの「寅さん」を連れてアトリエへ。我が家では現在7匹のサワガニを飼っている。島ヶ原は高齢者が多い集落なので(高齢化率48%)、新型コロナの流行がはじまってからは、在宅ワークが基本の僕と妻も、会食や県外への移動を最小限に抑えて生活している。そんな暮らしの中で、昨春のある雨の日、土手を散歩しているサワガニを家に連れて帰るようになった。寅さんはうちで一番大きいオスでメスや子ガニたちをよくいじめて僕に叱られている。絵を掛けたイーゼルのそばに寅さんの入ったガラスの器を置いて、個展に出品する絵を何枚か描きすすめる。寅さんは器の中で砂や葉っぱを運んだり、時々脱走を試みたりしていた。「この絵、どう思う?」と聞いたけれど、返事はなかった。
溜まっていたメールをギャラリー、美術館、大学に返信し、午後は山の方の実家に行った。父がメダカの養殖をしているので、その手伝いを週に何日かしている。今年の冬は使わなくなった池の跡地をツルハシやクワで掘って整地。土を掘っていると地面の底から冬眠中のサワガニが現れた! とりあえず泥を落として水を入れた器に移してあげる。お腹が空いているかも知れないので草の根も入れてあげた。それから、僕が土を掘り続ける横で彼女は数ヶ月ぶりに見たかも知れない澄んだ空を複雑な表情で眺めていた。作業を終えると、まだ陽のあるうちに先ほどのカニを近くの川岸に送って帰宅。

少し早い夕食の後、土がついたままの格好で再びアトリエに行き絵の制作をする。今夜はどことなく良い絵ができた気がする。

1月27日(水)

天気|晴れ

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ、薬師堂)

妻と朝食をとってからサワガニの水槽の水換え。みんな生きていた。カニは朝が弱いので無理やり起こされて機嫌が悪い。「この狭い水槽とカルキ臭い水で我慢して暮らすのか、イノシシやタヌキがうろつくきれいな川に帰るのか、どっちがいい?」と聞いてみたけれど、みんなから返事はなかった。水換えが終わるとアトリエに行って制作。最近描きはじめた新作はなかなか進まない。
正午頃に峠の薬師堂に行く。お堂の扉を開けて、大きな岩に彫られた阿弥陀さまにお参りをしてお堂の周辺にある苔むした墓石や野仏をスケッチした。これらはここで生きていただれかのしるしに他ならないが、かれらの名前や家は雨と風に削られて丸い石とわずかな人のフォルムだけを残したようだ。
夜は、今春に2人展が予定されている京都のアーティストNさんとオンラインミーティング。展示プランの他にコロナ禍でのお互いの生活や仕事についても話した。彼は最近京都の田舎に引っ越したらしい。その土地で明治期に起きた民衆宗教の筆先(自動筆記)について最近調べていたので、その話を僕がはじめてしまい脱線。
ミーティングが終わると、蜜ノ木の人たち(2013年から島ヶ原の人たちと一緒にやっている青年団的なグループ)から2月の祭り(正月堂修正会と呼ばれる農耕儀礼。1,200年以上つづくと伝わる)に関するLINEが届く。今年はコロナ対策として非公開で行うことが決まり、密にならないように人数も減らすので準備が大変そう。準備と片付けの日の担当をすることになった。この祭りは「春を呼ぶ祭り」と言われる。毎年この時期は村の人たちと一緒にお供え物を作ったり、お酒を飲んだりして行列に並ぶのがささやかな楽しみなので今年は少し寂しい。

1月28日(木)

天気|くもりのち雨

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ、旧観光案内所)

妻と朝食をとってからギャラリー、美術館とメールのやりとり。提出する資料を作成しているとあっという間に昼になっていた。
午後は、昨年から島ヶ原で暮らしている地域おこし協力隊のNさんが野菜ジュースの開発をしているというので、彼女が拠点にしている家から徒歩30秒の村の観光案内所跡に行って、試作のにんじんジュースをいただく。そもそもにんじんがあまり好きではないのだけれど、これは野菜臭さが全くなくて、砂糖などの調味料も入っておらず、爽やかな甘さが心地よく残った。同じく試飲に来た近所の人たちとあれこれ話して30年ほど昔の村の地図を見せていただいたり、選挙のチラシを渡されたりして帰宅。
今週末からは展示の打ち合わせや写真撮影、作品の集荷があるので夕方からアトリエの掃除。途中で絵を描きはじめたり、YouTubeを見はじめて、脱線を繰り返しているうちに夜になる。夕食後、アトリエの掃除を再開して何とか完了。
深夜1時頃。暴風雨で目を覚ます。ストーブに火を点けて、スコッチウイスキーを飲みながらランダムに何冊かの画集や本を本棚から取り出して読みはじめた。サワガニたちは労働時間(?)のようで、みんな巣穴から出て水槽を探検したり木に登ったりしていた。

<正しい者はいない。一人もいない。>
ローマの信徒への手紙3:11(聖書協会共同訳)

1月29日(金)

天気|くもり

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ、島ヶ原駅)

あたたかかった数日が去って、再び寒い日を迎える。妻と朝食をとってから、東京のギャラリストMさんと電話で打ち合わせ。直接話すのは1年ぶりくらいか。近況と現在進んでいる仕事のこと、今秋に発表する新作について話す。寒さで水温が下がったのでサワガニたちは石の底でじっとしている。
正午、来月個展で展示する作品を選びにギャラリストTさんが来村。島ヶ原駅に迎えにいく。駅には切符売りのおじさんと列車を待つおばあさんと僕の3人しかいなかった。色の褪せた村の観光看板が美しい。駅舎で凍えていると1時間に1本の列車がやって来てTさんが降りてきた。最後に会ったのはコロナが日本に上陸した直後の昨年2月で、東京で展示とトークをしたときだった。その後、世界がこんな風になるなんてあのときは思いもしなかった。コロナ禍の2020〜2021年に島ヶ原で描き溜めた作品をアトリエいっぱいに並べて、どの作品を展示するか相談。2時間ほどかけて10数点の作品を選んだ。個展の会期も東京の緊急事態宣言延長の可能性が高まったため、予定より1週間遅らせて3月初めからのスタートに変更した。夕方、 Tさんを再び駅に送ってお別れ。

個展のタイトルは「みんなでこわしたもの」に決まった。

1月30日(土)

天気|くもり

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ)

寒くて遅めの起床、先に起きて仕事をしていた妻と朝食をとる。妻の仕事(アパレル)もコロナの影響を受けていると最近よく聞く。サワガニたちは今朝も石の下に隠れて出て来ない。
昼前にギャラリーから作品の問い合わせがあり、該当する作品を探しに倉庫へ。手が空いたら整理しようと数年前から思いつつ、倉庫の中は展覧会から帰ってきた作品や展示道具などが詰め込まれて年々カオスな状態になってきている。目的の作品にはなかなか辿り着けず時間ばかりが過ぎていく。絵を探すのを諦めてしばらくアトリエで絵を描く。本も読みはじめた。
これではダメだと思い、再び倉庫へ。そこで何年も見ることがなかった絵に再会。ドイツに留学していた頃に制作して日本に持って帰ってきた小さな油絵。梱包材を外すと、キャンバスの裏に「2011年」と記されたその厚塗りの抽象絵画は、油絵具(暗い土色や赤紫色)の激しい筆致が画面上でうねっている。艶が失せて埃を帯びた絵具の表面やわずかに黄変したチタニウムホワイトの白色は、この絵が梱包されたまま10年の歳月を経験したことを感じさせた。そして、この絵を描いたときに感じていたはずの僕の気持ちも今では詳しく思い出せない。絵だけが残っていた(当時、東日本大震災のニュースはドイツでもよく報じられていて、僕は日本におらず、東北にもまだゆかりがなく、被災したわけではなかったが、この出来事が後に帰国して故郷の過疎地で絵を描くことにつながった)。

今日は、アトリエと倉庫をうろうろしているだけで1日が終わった。

1月31日(日)

天気|くもり

場所|島ヶ原(自宅兼アトリエ)

少し早起きをして妻と朝食をとる。サワガニたちは今朝も石の下でじっとしている。どんちゃん(メス)は冷たい水の底からじっと僕たちを観察しているようだった。
午前中は作品の撮影。車で30分ほどの町にある写真館のH夫妻が機材を車に積んでアトリエに来てくれた。夫は美大の先生もしていて、妻は画家(僕の大学時代の先輩)、近くに美術品の記録に精通している人たちがいてくれるのは心強い。今日は7枚の作品を撮影していただいた。
午後は、撮影が終わったばかりのアトリエに乱雑に並んだ絵に囲まれながら個展のテキストを執筆する。途中、近所のおじさんに白菜をいただいた。
明日は作品の集荷が何点かあるので、夕食後に再びアトリエに行って作品の点検。来月締め切りの挿絵のラフ画も何枚か描きはじめた。YouTubeから流れる「コロナ禍で今後地方移住が増えていく」というネットニュースを耳にしたとき、この集落を去って行った人たちのことを思い出した(そういえば2011年の頃もそんなことを聞いたような)。みんな元気にしているだろうか。

Amazonから届いたスコッチウイスキーを開けて、つらいことや今日やらなければいけないことをすべて忘れて眠りに就いた。

バックナンバー

2020

6

  • 是恒さくら(美術家)
  • 萩原雄太(演出家)
  • 岩根 愛(写真家)
  • 中﨑 透(美術家)
  • 高橋瑞木(キュレーター)

2020

7

  • 大吹哲也(NPO法人いわて連携復興センター 常務理事/事務局長)
  • 村上 慧(アーティスト)
  • 村上しほり(都市史・建築史研究者)
  • きむらとしろうじんじん(美術家)

2020

8

  • 岡村幸宣(原爆の図丸木美術館 学芸員)
  • 山本唯人(社会学者/キュレイター)
  • 谷山恭子(アーティスト)
  • 鈴木 拓(boxes Inc. 代表)
  • 清水裕貴(写真家/小説家)

2020

9

  • 西村佳哲(リビングワールド 代表)
  • 遠藤一郎(カッパ師匠)
  • 榎本千賀子(写真家/フォトアーキビスト)
  • 山内宏泰(リアス・アーク美術館 副館長/学芸員)

2020

10

  • 木村敦子(クリエイティブディレクター/アートディレクター/編集者)
  • 矢部佳宏(西会津国際芸術村 ディレクター)
  • 木田修作(テレビユー福島 報道部 記者)
  • 北澤 潤(美術家)

2020

11

  • 清水チナツ(インディペンデント・キュレーター/PUMPQUAKES)
  • 三澤真也(ソコカシコ 店主)
  • 相澤久美(建築家/編集者/プロデューサー)
  • 竹久 侑(水戸芸術館 現代美術センター 主任学芸員)
  • 中村 茜(precog 代表取締役)

2020

12

  • 安川雄基(合同会社アトリエカフエ 代表社員)
  • 西大立目祥子(ライター)
  • 手塚夏子(ダンサー/振付家)
  • 森 司(アーツカウンシル東京 事業推進室 事業調整課長)

2021

1

  • モリテツヤ(汽水空港 店主)
  • 照屋勇賢(アーティスト)
  • 柳谷理紗(仙台市役所 防災環境都市・震災復興室)
  • 岩名泰岳(画家/<蜜ノ木>)

特集10年目の
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