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特集10年目のわたしたち

こどもだったわたしは

毛布から抜け出す

瀬尾夏美《毛布から抜け出す》2020年

小学校の廊下を歩いているときに大きく揺れた
帰りの会が終わって、委員会活動のために移動中だった
その場にあった給食台の下に入って、脚をぎゅっと掴む
同級生とふたりだったと思う
あれ、それとももうひとりいたんだっけ
教室からは叫び声
ストーブの上にあった金ダライが床に落ちたらしい
水が散る音
それは熱湯のはず、誰も火傷はしなかった?

揺れが収まると校庭に集まった
背の順で点呼を取って、その場に座る
わたしは余震のたびにぴょんぴょんと跳ねた
落ち着きなよと友だちがセーターの裾を掴むけれど、怖くてどうしようもない
みんなよく座っているなあと跳ねながら思う

しばらくすると父が迎えにきた
家はちゃんとあってホッとしたけど、
中に入ると居間のものが散乱してぐちゃぐちゃだった
じいちゃんはいる、母がいない
不安が一気に膨れあがって、声を上げて泣いた
夕方無事で帰ってきた母に、余震があるから今日はみんな車で寝る、と父が告げた
ご近所さんがご飯を分けてくれたけれど、わたしは毛布に包まったまま出られない
夜中に一口、焼いたシャケを食べたと思う

翌朝、お隣さんが発電機につないだテレビで、初めて津波を見た
地震のとき、母は沿岸のショッピングモールに向かう最中だったと知って、
ますます怖くなる
なんでこんな目に遭うの
いい子にしてても関係ないの
誰も悪いことをしてないのに、どうしてこんなことが起きるの
なんでなんでと思うけど、誰も答えを知らない

ひと月遅れで学校が再開すると、みんなふつうだった
わたしもふつうだったし、だから震災の話なんてしなかった
給食のおかずが一品減っているのを見て、
わたしたちも被災したんだなと思った
でも、それくらいのことはみんなすぐに慣れた

秋ごろ、父が家族共有のパソコンを買ってくれた
わたしは学校から帰ると、ひとりでYouTubeを見るのが習慣になった
東日本大震災/東北地方太平洋地震、と検索して、
地震や津波、爆発する原発の映像を見る
ただ繰り返し、何度も見た

その後わたしが震災に触れたのは、
高校に入って、同級生が家を流されていたと知った時だったけど、
詮索するのはよくないんだろうと思って何も聞かなかった
その子もいつもふつうだったから、だんだん気にしなくなった

そして8年半後のある台風の日
明け方、父の叫ぶような声で起きると、ふとんの下の畳がいまにも浮こうとしていた
父と母と必死で二階に上がる、見る間に水が迫ってくる
あきらかに慌てている父を見ながら、わたしは携帯で119番に電話をかけた
とりあえず落ち着こうとふたりの背中をさする
空が白んだころに窓の外を見たら、一帯が茶色の水に沈んでいた

一階に降りると、使っていたものすべてが泥まみれだった
たとえ大したものではなくてもこうなるとかなしい
津波に遭った人もこうだったのかな、とよぎる
比べるものでもないんじゃないか、と踏みとどまる

そしてわたしの家は建て替えることになった
あたらしい家は、じいちゃんの作業小屋を撤去して、その跡地に建てられた
震災の時は一緒に車で眠ったじいちゃんが、数年前に亡くなって、
いまはその暮らしの痕跡もない
あたらしい家はあたたかくてとてもいい
どこかすっきりしたような気分だ、と父が言う
でも、やっぱりさみしい

あのときこどもだったわたしは、震災の番組を見かけるたびに、
なんで終わったことを引きずるんだろうと腑に落ちなかった
でもいまは、そんなことは思わない
まだまだ終わったことではないと想像できるようになったから
だからやっと始まったんだと思う
いつか、あのときなんでなんでと叫んでいたあの子の手を引いて、
これまで聞けなかった話を聞きにいく
もうその場所に痕跡はなくても

朗読

朗読:中野志保実

執筆後記

沿岸部から数十キロ内陸のまちで育った彼女は、特に震災には触れずに生きてきたと言います。それでも話を聞いていくと、おぼろげながらもポツポツと当時のことが語られました。驚いたのは、しばらくのあいだ毎日のように震災の映像を見ていたということ。何が起きたのかわからない、それを誰に聞いても教えてくれない(大人も答えられない)状況の中で、何かの手がかりが欲しかったのでしょうか。当時、彼女のようなこどもがたくさんいたのではないか、と想像しました。奇しくも彼女は8年半後の台風で自宅を失い、その体験を重ねるようにして、震災で被災した人の心情や当時の状況を考えはじめます。それでも、震災で被災した人と比べるのは違うと思うんですけど、ということばを添えながらの慎重な彼女の語りに、“東日本大震災”がどこか特別になりすぎている現状を感じたりもしました(瀬尾夏美)。

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