2020
9月
旧大槌町
役場
2020年8月11日 旧大槌町役場跡地
2014年12月17日
2011年3月17日
新しい写真(2020年8月11日)には、お地蔵さんと小屋が写っています。
ここで亡くなられた役場職員の方々を悼むために建てられました。
一面、クローバーが植えられています。
かつては、庁舎、消防署、お店、住宅がひしめき合っていました。
緑のダンプカーが左奥に写っています。
一段あがっているのは、あそこまで盛り土されたからです。
お地蔵さんの地点は、津波が来る前と同じ高さです。
雨が多いと、お地蔵さんのまわりに水がたまってしまうそうです。
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次の写真(2014年12月17日)には、白い工事壁が写っています。
工事のためだけじゃありません。
建物に侵入する人がいました。
ごみを捨てる人もいました。
そういう経緯も、壁が建てられた理由の1つです。
災害遺構はどうあるべきか。
どのように遺し、どのように伝えるのか。
被災地の各所でも議論になりました。
これからも考えていく必要があると感じています。
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古い写真(2011年3月17日)には、地震から間もない庁舎が写っています。
まだ何も手が付けられていない状態です。
庁舎の壁時計、浸水した後も動いていたことがわかります。
手前に少しひらけた場所が見えます。
救助用のヘリが瓦礫を吹き飛ばしながら着陸したと聞きました。
雪も写っています。
地震のあと、山火事が起きました。
消防団の消火活動も追いつかず、数日間、燃え続けました。
この日降った雪で、山の火は消えました。
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新しい写真は、お盆の墓参りの帰りに撮りました。
小学2年の甥っ子も一緒でした。
2014年の写真と比較しながら、定点探しを手伝ってもらいました。
瓦礫まみれの古い写真は、彼には見せませんでした。
でも、そのうちに「見たい」って言いだして、、、。
ちょっと躊躇したんですけどね。
「ここにあったってこと?」
「ここの高さまで波が来て、流されたんだよ」
津波がやってきたのは、彼の生まれる前の出来事なんですよね。
話し手|川原康信、上野育恵(復興カメラ)
きき手|松本 篤(AHA!)
NPO法人@リアスNPOサポートセンター
2003年商店街活性化の一環として、岩手県釜石市にて設立。自分たちの手で地域が抱える問題を解決するために、住民、行政、地元企業、NPOなどが連携するプラットフォームづくりをサポートしている。震災以降の写真を残す『復興カメラ』などのプロジェクトを行っている。
AHA!
2005年、NPO法人記録と表現とメディアのための組織(remo)を母体に、大阪市にて設立。8ミリフィルム、家族アルバム、戦時中の慰問文など、さまざまな「市井の人びとの記録」に着目したアーカイブづくりを行う。キャッチフレーズは、「A Happy Birthday to Your Little Record!——小さな記録の誕生日を祝おう」。