愛田 正
まさか……こんなに大きい津波が来るとは想像していませんでした。私は海のそばで、小さなコーヒー店をやっていました。海から20mしか離れていません。近くに堤防の高さが5mあります。それを越して津波が来るとは思いませんでした。
近くの店の店長さんが、大津波が来るので逃げた方が良いと私に教えてくれました。残念ながらその店の女性店員は自宅に帰る途中で津波にあい流されて、亡くなりました。私は車で必死に逃げましたが途中、電柱や道路が寸断されており、迂回しながら走りました。途中田んぼがありましたが、ほとんど海水が入っていました。命からがら走りましたが……車にガソリンがないのです。途中で止まるのではないかと思いながら隣町のガソリンスタンドにたどり着きましたが、スタンドの店員さんが「電気が止まっているのでガソリンを入れられない」と言うのです。そこから車を置いて歩いて15km先の山元町役場にたどり着きました。途中小雪が降っていましたが逃げるのに精いっぱいでありました。
役場に着いたらパイプ椅子がありましたが、雪空の下でふるえていました。高齢者や身体の不自由な人のため町のマイクロバスが1台用意されていて、その中に入っていました。寒いとおなかが空いて、どうしようもないのです。食べ物も何もないのです。その中で一人の女性がアンパンを1つ持っていて、それを3人で分けて食べましたが、本当にありがたかったです。当然水もないのです。それに寒いので、段ボールを探して駐車場でたき火をしていましたが、たき火の輪を囲んで100人ぐらいいたようです。避難所全体で500人ぐらいいたかもしれません。
翌朝10時ぐらいになったらボランティアの人がおにぎりを用意してくれましたが、当然500人ぐらい並んでいましたので、約1時間待ちました。今なら1時間も待てませんが、何か食べ物が欲しいし水も欲しいのでどうしようもないのです。今考えてみるとトイレに一晩中行かなかったのでビックリしています。車を持っている人は車で暖をとっていましたが寒空の下、外でパイプ椅子で仮眠です。それに小雪が降っていましたが、ガマンするしかありません。
次の日の夕方におにぎり1個配給されましたが、ボランティアの人も大変だったと思います。1日におにぎり2個です。それを3日間です。パイプ椅子で3日間です。幸いに雨が降らなかったから、よかったですが、雨が降ったら大変な様子ですね。役場の庁舎は危なくて入れない状況です。やっと3日目に仮設トイレが設置されたのがありがたかったのです。その体験は二度としたくありません。
あんな津波が来るとは思わなかった。5mの堤防を越えてくるとは。逃げようにもとにかく逃げる場所がないんだもの。ひどいことだった。震災から10年経って、このことを忘れないように書きました。
愛田 正
あんな津波が来るとは思わなかった。5mの堤防を越えてくるとは。逃げようにもとにかく逃げる場所がないんだもの。ひどいことだった。震災から10年経って、このことを忘れないように書きました。