Art Support Tohoku-Tokyo 2011→2021

連載東北からの便り

2020年リレー日記

2021

3

3月1日-7日
坂本顕子(熊本市現代美術館 学芸員)

3月1日(月)

天気|快晴

場所|熊本市現代美術館

熊本城が綺麗に見えた朝。出勤してメールを開くと、助成金採択のお知らせ! 大きな額ではないが、このご時世たいへん有難い。今年は助成金に応募しまくり、9打数7安打、初の4桁の大台にのった。猛打賞である。しかし、打てば打っただけの提出書類に苦しむ羽目になる。午前中は、そのうちの一つの「令和2年7月豪雨REBORNプロジェクト」の報告書作り。熊本の写真家や学芸員などの有志で、水損写真のレスキュー、展示、それらをまとめた写真記録集を発行することができた。助成元にご恩返しの気持ちでレポートを書く。
そうこうしていると、3月末にスタートする「段々降りてゆくー九州の地に根を張る7組の表現者」展の借用作品をのせた美専車(美術品専用車)が到着。待ち構えたスタッフで埃払いをして館内へ。
3月1日ということで、異動や転職のお知らせがちらほら届いた。一方、自分はこの春で勤続20年らしい。年を取る訳だな。消灯前、コロナ対策で館内を消毒、拭き上げをしてダッシュで帰宅。

3月2日(火)

天気|雨のち晴れ

場所|自宅

週休日で、ひたすら家事。お昼過ぎ、天草の陶芸家・丸尾三兄弟の金澤佑哉さんから電話。4月で、熊本地震から5年。そのメモリアルとして、2016年開催の「〇о(マルオ)の食卓」展のアーカイブ展を打診したところ、快諾いただいた。同展は、熊本地震で多くの家庭の皿が割れたことをきっかけとして、参加者に一人一枚器をさしあげるかわりに、その人の食卓の写真を撮って送ってもらい、ギャラリー内に展示したもの。一枚の器が私たちの想像力をかきたて、とても元気にしてくれた、いい企画だった。
そういえば、丸尾三兄弟から同展の提案があったのは本震の数日後だった。私は近所の市施設に避難していて、美術館がどうなるかもわからないし、資金の目途もなかったが、「それ面白いから、やりたいよね!」と即決。なんだかんだで、地震の3カ月後に展示が実現したのだ。まさに火事場の何とやら。アーカイブ展示のタイトルは、「あの時、何食べた?」の予定だ。

3月3日(水)

天気|快晴

場所|熊本市現代美術館

休日の予定が、用務が入り出勤。次年度の「塔本シスコ」展に関して、元画廊喫茶経営のОさんにインタビューした。その後、開催中の豊田有希写真展の、街歩きの段取り。豊田さんは2010年代になって水俣病の被害が明らかになった集落の暮らしを追う「あめつちのことづて」シリーズを撮る若手写真家。自分自身がその土地に暮らしてみたいと、2015年に水俣市に移住した。今回は水俣病センター相思社スタッフの案内で、「水俣駅→チッソ正門→百間排水口→水俣湾埋立地親水護岸→茂道港→ガイアみなまた→水俣病歴史考証館」を巡る、よくばりコースを設定した。
本年度はコロナ禍で借用などの用務以外、ほとんど県外に出られなかったが、水俣病や災害、環境、まちづくり等に取り組むユニークな若い人たちと次々に出会った。皆とても魅力的で、一緒に何かをやってみたいと思わせる人ばかりだ。足元に、こんなにも豊かな文化があり、輝く人がいるということを改めて知った一年だった。

3月4日(木)

天気|快晴

場所|熊本市現代美術館

毎週木曜日はスタッフ全員出勤日。朝から温湿度のチェックをして、主査以上のメンバーで週末の「MINIATURE LIFE展2—田中達也 見立ての世界—」展の混雑対策のミーティング。コロナ禍で、大量動員型の展覧会をやることには非常に神経と体力を使う。熊本県独自の緊急事態宣言が2月7日に解除され、日ごとに来館者が増える状況。心地よく安全に観覧して頂くための対策を練っているが、細かな修正と検討が不可欠だ。
デスクでお弁当をかきこんで、午後は展覧会のミーティング、土日の来場者導線テスト、財団プロパーのミーティング、理事会の打ち合せなど、気づくと一日が過ぎている。ようやく席につき、デザインデータの入稿をして退勤。くたびれた。

3月5日(金)

天気|雨のち快晴

場所|八代市坂本町

振休日。八代市坂本町に3回目の災害ボランティアに行く。人影はまばらだが、町なかには、菜の花にこぶし、梅や河津桜がとりどりに咲いていた。
初めての災害ボランティアは、2011年、宮城県東松島市だった。担当アーティストに「災害に関わる表現をするのなら、まずその土地で地元の人と一緒に体を動かしてから」と誘われたのだ。わずか1〜2日だったが、人生観が揺さぶられた。その翌年、熊本市内の水害の片付けに行った。次は熊本地震。自分が助けてもらう側になった。その後、朝倉、人吉、八代と、行ける範囲でお手伝いをしている。
「災害ユートピア」「恩送り」「利他的行動」……こういう活動に参加する時の自分の心情を表す適切な言葉が見つからない。強いて言うなら、「人間を知りたい」という自己満足で、個人的な気持ちだろうか。それは美術を志す動機と余り変わらないようにも思える。
作業終了後、温泉に入り、お土産に鮎の甘露煮を買って帰宅。焼酎のお湯割りを一杯だけ飲む。

3月6日(土)

天気|晴れ

場所|小学校グラウンド、熊本市現代美術館

早朝からおにぎりを作る。子どものサッカー部の最終試合で、他校に遠征。今年は保護者会会長も引き受けていて、特に年度初めは、自分の担当企画展のオープンと重なり、どうなることかと恐々としていたが、他の役員や、家族の協力で何とか乗り切った。初戦は「3-0」で快勝。弱小チームがガッツのある好試合をできるようになった。中学も部活を続けるらしく、まだしばらくグラウンド通いが続きそうだ。他の保護者に残りの世話を頼み、途中抜けして遅番の仕事に向かう。
美術館に着くと、田中達也展が盛況。新しい来場者導線もうまく稼働してホッとする。翌日の担当割と注意事項をまとめて周知。最終入場者は2,000人。明日もこの調子で行けると良い。遅くに帰宅すると阿蘇の親戚から立派な椎茸が届いていた。筍の天ぷらを食べて、長い一日が終わる。

3月7日(日)

天気|晴れ

場所|熊本市現代美術館

朝から家事をすませ、遅番出勤。着いた途端、「来場者多し」の声。朝一番からかなり並んだようだ。覚悟して持ち場に向かうと、やはり大行列。予算的に入場予約システムを導入できず、人力に頼るしかない地方中小美術館のつらさだ。スタッフ総出で、ソーシャルディスタンスを保つための列整理にあたり、人数調整用の札をひたすら消毒して配布。コロナ対策で収容人数の上限が設定されているため、やむを得ない。幸いなことにお客様は辛抱強く待ってくださっている。徹底した消毒が「おもてなし」になる世界線に私たちはいる。出口付近で聞かれる「楽しかった」の声に救われる。
夕方、地元の崇城大学でデザインを専攻する学生と熊本市公園課のコラボ展示「くまもとの公園」の撤収。学生たちが面白い提案をしてくれ、来場者の評判も良かった。
今日の田中達也展の最終入場者は2,631人。最終となる来週末の土日は決戦だ。

バックナンバー

2020

6

  • 是恒さくら(美術家)
  • 萩原雄太(演出家)
  • 岩根 愛(写真家)
  • 中﨑 透(美術家)
  • 高橋瑞木(キュレーター)

2020

7

  • 大吹哲也(NPO法人いわて連携復興センター 常務理事/事務局長)
  • 村上 慧(アーティスト)
  • 村上しほり(都市史・建築史研究者)
  • きむらとしろうじんじん(美術家)

2020

8

  • 岡村幸宣(原爆の図丸木美術館 学芸員)
  • 山本唯人(社会学者/キュレイター)
  • 谷山恭子(アーティスト)
  • 鈴木 拓(boxes Inc. 代表)
  • 清水裕貴(写真家/小説家)

2020

9

  • 西村佳哲(リビングワールド 代表)
  • 遠藤一郎(カッパ師匠)
  • 榎本千賀子(写真家/フォトアーキビスト)
  • 山内宏泰(リアス・アーク美術館 副館長/学芸員)

2020

10

  • 木村敦子(クリエイティブディレクター/アートディレクター/編集者)
  • 矢部佳宏(西会津国際芸術村 ディレクター)
  • 木田修作(テレビユー福島 報道部 記者)
  • 北澤 潤(美術家)

2020

11

  • 清水チナツ(インディペンデント・キュレーター/PUMPQUAKES)
  • 三澤真也(ソコカシコ 店主)
  • 相澤久美(建築家/編集者/プロデューサー)
  • 竹久 侑(水戸芸術館 現代美術センター 主任学芸員)
  • 中村 茜(precog 代表取締役)

2020

12

  • 安川雄基(合同会社アトリエカフエ 代表社員)
  • 西大立目祥子(ライター)
  • 手塚夏子(ダンサー/振付家)
  • 森 司(アーツカウンシル東京 事業推進室 事業調整課長)

2021

1

  • モリテツヤ(汽水空港 店主)
  • 照屋勇賢(アーティスト)
  • 柳谷理紗(仙台市役所 防災環境都市・震災復興室)
  • 岩名泰岳(画家/<蜜ノ木>)

2021

2

  • 谷津智里(編集者/ライター)
  • 大小島真木(画家/アーティスト)
  • 田代光恵(セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン 国内事業部 プログラムマネージャー)
  • 宮前良平(災害心理学者)

2021

3

  • 坂本顕子(熊本市現代美術館 学芸員)
  • 佐藤李青(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

特集10年目の
わたしたち